yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

気分循環性障害、人の名前が覚えられない、会話が不自由、つまらない、笑えない。感情が死んでしまった。思ったことを綴っているだけ

億り人ではなく、おくりびとを見て思ったこととは?


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最近、咳と39℃近い熱がでた。インフルエンザにかかったのかと思い、パブロン飲んで丸二日、寝込んでいたら幸いなおったので、

 

映画「おくりびと」のDVDを借りてきて見た。

 

なぜ借りたのかは、ビットコインなどの仮想通貨で成功した「億り人(おくりびと)」の話しが耳に入ってくるからではない。

 

ただたんに「おすすめ映画」で検索したなかに載っていたからだ。

 

その説明には、

 

■様々な死と向き合う

日本の文化が色濃く反映された葬儀をテーマにしており、外国人に観てほしい映画です。アカデミー賞外国語映画賞受賞の傑作です。

 

と書いてあった。Amazonのレビューを見ても、

 

■グラっと来るほど感動した

評判は聞いていたが、これほど面白いとは思わなかった。
たった2時間で、こんなにも感動することになるなんて。

 

とあったものだから、久しぶりに感動しようと思って借りてみたわけだが

 

正直、私は感動できなかった。(T_T)

 

人は誰でもいつか死ぬ。この映画は、元シブがき隊のモックン演じる納棺師(のうかんし)をとりあげたもので、

 

(人の死でご飯を食べている)人の死にかかわる仕事を世間の人は大変冷たい目で見ている。

 

だが、実際にその仕事ぶりを見た人の認識が変わり、さげすみから逆に感謝されるような、尊い仕事なのだということを知った。

 

第32回日本アカデミー賞最多、全13回部門優秀賞を受賞した名画なのだが、私は一切泣かな(泣けな)かったし、感情移入したり、うるっときたところもなかった。

 

そればかりか、2時間11分という長丁場なので、映画に出てきたチェロ演奏に影響されて、ギターのアルペジオを練習しながら最後まで見ていた。

 

これはそもそも、この映画自体がつまらなかったからとか、感動できないからなのではない。

 

私の感情、感覚がずれてしまっているからだ。ずれているというよりも、感動するという人として大事な感情・感覚を失してしまっているからなのだと思う。

 

子供のころからそうだったわけではない。本を読んだり漫画や映画を見れば楽しい気持ちになったり、悲しい気持ちになったり、ワクワク、ドキドキしていた。

 

人として当たり前の感情・感覚。あまりに1人でいた時間が長すぎて、感情をあらわすことも、感じることも出来なくなってしまったようだ。

 

いや、元々私は、あまり感じない生来冷たい性格で、気づけばいつも1人になり、こじらせてしまっただけなのかもしれない。

 

とはいえ、もうどのくらいそんな感覚で時間が経ってしまったのだろう。感情・感覚が人様とずれていることは、こういった映画を見たりすれば認識することはできる。

 

悲しいかな人としての決定的な欠落・欠陥。

 

それが認識できたところで、一体どうすれば、せめて普通に人といても、おかなしな人、変な奴と思われないレベルに直せるのかは分からない。

 

昨日、気味が悪いと親に言われた。たまに私がブツブツ独り言を言っているからなのだが、その程度で私は傷ついたりはしないし、なんとも思わない。

 

普段の生活において感動することはなく、ほとんど笑うこともない。

 

他人とうまくやることに、一緒にいることに拒絶反応を示してしまう。1人でいる方がいい。だけどそれでは寂しいし、1人で生きていくことなどできはしない。

 

それなら映画を見て、感動したり笑ったりすれば、自然と変われるのではないかと考えた。

 

だけど、おくりびとでは、私の狂った感情・感覚というチューニングを合わせることは出来なかった。

 

図書館ではもう一つオススメにあった「シンドラーのリスト」も借りた。

 

こちらは3時間14分もあるスティーブン・スピルバーグの名作映画だ。

 

今度はこれを見てみよう。これなら凝り固まり冷めきった感情を、何を見ても聞いても響かない感じない心を動かすことができるかもしれない。

 

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