yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

気分循環性障害、人の名前が覚えられない、会話が不自由、つまらない、笑えない。感情が死んでしまった。思ったことを綴っているだけ

なぜ私は常にシーンとなってしまうのだろう


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孫のバレーの発表会に両親がいくというので、私も一緒に行くことにした。

 

バレーはバレーボールではなく、バレリーナの方だ。私などが行くのは場違いなので、居たたまれなくなってしまうのではないかと思い、やっぱりやめようかと思ったが、

 

行くと言ってしまった手前、チケットをとってくれてあるというので行くことにした。

 

発表会のはじめは、4歳~6歳の子供から。最初はすごく可愛らしくて楽しく見ていたが、何度もどこの誰ともしらない子供がでてきて、さすがにちょっと退屈してきた。

 

バレーをしている子たちは皆、姿勢がいい。それにしてもあんなに幼い頃から、華やかな舞台で拍手を浴びて、すばらしい体験をしていてただ羨ましかった。

 

まさかうちの親は私達こどもにバレエなど習わそうなど微塵も思わなかったに違いない。バレエを習える子供は裕福な家庭の子なのだ。発表会では、有名人の姿もチラホラみかけた。

 

舞台の上に立つバレエの先生方も素晴らしい方々っぽかった。

 

私はどうしてもっと素晴らしい経験をして素晴らしい生き方、素晴らしい人生にしてこれなかったのだろうか。

 

大学にも行けなかった。4畳半のボロアパートに住んでしまい、クッソみたいな仕事ばかりしてきた。体もなまってなにひとつまともなことができず、興味もわかない。

 

バレエの発表会がおわり、弟家族の住む都心の一等地の超高級マンションにお邪魔したのだが、来週から海外旅行にいくらしい。まったく羨ましい限りだ。

 

今週、私はメンタルヘルス科の診療に行く。血液型は違うとはいえ、育った環境は同じだったにもかかわらず。それにしても同じ兄弟で、経済力も話力も運のよさも天と地ほどの差があるわけだが、これはいったいなんなのだろうか。

 

ただの性格の違いとはいえまい。

 

無職で親以外の人とも会わない私は、もはや曜日の感覚もほとんどない。 

 

霊能者の江原啓之氏は親を自分が選んでこの世に生まれてきているという。この世で自分の魂を磨くのにさいてきな環境(家族)をあの世で自分で選んでいるらしい。

 

そして、どんなに無様な人生を歩んでいても、後ろの守護霊に聞くとそれでいいと言うのだとか。

 

なんだかなぁ。いやいやなんだかなぁ。

  

意味もなく家の中をウロウロしている。ただただ苦しい。引っ込みすぎて自分がいない、誰にも愛されないただのダメなおっさんでしかない。

 

見ているものを楽しいと思えない。何を楽しいと思えばいいのかがわからない。

 

なぜ私は常にシーンとなってしまうのだろう。常に悲しい嫌な奴なのだろう。

 

帰りの車の中でくしゃみを2回した。きっと弟家族が私のことを噂しているのかもしれない。たぶん良くないことだろう。

 

もう図書館にいくか、ウォーキングをすることぐらいしかできない。クソな奴になってしまった。生きている価値がない。いつ死んだって別にいいのだ。

 

でも、死にたくはない。

 

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