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自分を見失いどこかに置き忘れてしまったいつも孤独な男の blog

気分循環型障害、発達障害、友達いない、フラフラが止まらず挙動不審な40代のボッチが思ったことを書いてます。

ああ結局どこにいって何をしてもそこにいるのは自分なのだ。自分自身でしかないのだ


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O兼最強の20歳さん コメントありがとうございます。

 

貴方にとって光は希望のイメージですか。なるほど素晴らしい。

 

だけど貴方はなぜスーパーの店員に顔を覚えられるのも拒むほど、社会との接触をさけてしまうのでしょうか?過去にそうしてしまわずにはいられないような出来事があったのかと想像しました。

 

確かにこの日本の社会で生きるとしばられます。学校は授業勉強テスト、社会に出て就職すれば会社のルールに従い、上司や同僚、部下とのやり取り、自分の意志に反してやりたくないことでもやらなければいけません。

 

いや本当は別にやらなくたっていいんです。やらなければ他の誰かがやるだけです。ですが、気が小さくて性格が真面目な私のような人間は、何の意見も持たずただ指示にしたがってしまいます。

 

大抵の人は、周りに合わせて生活のため、社会的に転落しないため一生懸命がんばるんです。

 

>僕は自由に生きたい。

素晴らしいと思います。私だって今でも自由に生きたい。ただ、自由とは人をさけて自分の世界に閉じこもり孤独になることではない。

 

私は大きな過ちをした。私はそれをして取り返しがつかないほど人とのズレがひどくて、どこにいっても、軽視され、うとまれてしまうような人間になってしまいました。

 

貴方は世界を歩き回りたい、クリエイターとして生きたいという夢や希望があります。素晴らしい。そのために自分の信じる道を今は後悔しないように一生懸命やればいいと思います。

 

何のクリエイターでしょうか、貴方が住む海辺はどこの海辺でどんな光景なのでしょう、どんな色のどんな家を建てるのでしょうか、もっともっと具体的にして紙に書いてそれを毎日眺めるようにすると夢がかなうそうですよ。

 

ひとつの物語を構想する。自分では考えたこともないことでした。

>僕の人生、僕という存在を、作品に血で刻み込みたい。

 

これは情熱のたとえ、比喩でしょうか?それとも本当に自らの血で染めた作品を芸術として作りたいのか。 すごく熱いものを表現したいのだと感じます。

 

>希望があれば勇気がわいてくる。

希望?勇気?大切だと思いますよ。 絶望よりは希望を持っていたい、意気地なしのチキン野郎よりは勇気を 持っていたい。

 

でも、それがなくたって生きてはいけるんです。 だけど希望や勇気を持っているのといないのでは、幸福感や他人が自分をみる目や接し方、寄ってくる人が明らかに違うと思うんです。

 

今の私にまるで欠けているものです。

 

最後に、ネガティブになってしまいますが、自由といったって社会のルールからは逃げられない。税金は納めなくてはならない、支払うものを無視し続けていれば督促がきて逮捕されてしまう。

 

貴方の希望のイメージは今は現実逃避、空想に近い。

 

そして貴方がもし 希望どおりクリエーターになり、海辺の家を建てて自分が育てたトマトを食べ窓際の書斎で海を見ながら創作する生活が実現できたとしましょう。

 

それが現実にかなえられたとする。だけど貴方はその時、気づくんです。脳の中で自分が想像した心地良い場所、風景は現実ではない。

 

ああ結局どこにいって何をしてもそこにいるのは自分なのだと。自分自身でしかないのだと。

 

東京に行けば、何か変わるかもしれないと思い東京に行く、アメリカに行けば 何か変わるはずだと思いアメリカに行く。でも結局そこにいるのは自分なんです。

 

自分は変わらない。どこにいたって自分自身でしかない。同じなんだと気づくんです。今日も食べて眠くなり、寝て起きてを繰り返し時間だけがどんどん過ぎて行くんです。

 

そうして今の貴方には想像も信じることもできないかもしれませんが、やがて確実に時間がすぎて歳をとります。本当に経ってしまえばあっという間です。 

 

ただ少なくともその希望通りに今を一生懸命に生きていけば、きっと貴方の40代は私のように悲惨な状態になることもなく、幸せを感じて日々を過ごせるのではないかと思います

 

好きな人と結婚してあたたかい家族を作る。今日も何事もなく過ごすことができたことに感謝する。家族全員が笑顔でいられる。それだけで幸せ。それで良かったというのに。

 

なにを今さら・・・人間どう生きたってどうせ死んでしまうのだから・・・やり直せなければ開き直るしかないじゃん。そんな風に考なくもない。

 

今述べたことは単なる私のせまい了見のなかでの主観でしかない。 

 

私も心ここに在らずでいる今の状態を抜け出し、現実をみて少しでも自分自身で自分の人生を取り戻せるよう、もう一度、やっていきたいと今日、改めて少し思いました。

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