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自分を見失いどこかに置き忘れてしまったいつも孤独な男の blog

気分循環型障害、発達障害、友達いない、フラフラが止まらず挙動不審な40代のボッチが思ったことを書いてます。

新興宗教にコソコソ関わっていた男の悲惨な末路


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他人とコミュニケーションをとることをせず、社会に背を向けて自己啓発本、能力開発やマニュアル本、スピリチュアル系の本ばかりを大量に買い集めてきた男の末路

 

すべての人がそうなるわけではないが、気づいたら自分を無くしてもはや他人に何をアドバイスされたとしてもどうにもならない奴になってしまった。

 

変な奴がいる。どこにいってもそうなってしまう。田舎に住んでいたとき、おかしくなった私に対して、変な奴がいると噂になると父親が怒鳴った。それを聞いた母親が近所に聞こえるからやめてといった。

 

その頃はまだ10代後半だった。その頃から私は人から見たら変わった奴、変な奴になっていた。

 

根が優しくてまじめな性格の私は洗脳されていたのは間違いないと思う。宗教に関わったから行けなかったのだろうか。いや、そうなったのは確か宗教に入る前のことだ。

 

高校卒業後まだ実家の田舎に住んでいたとき、渋谷駅で手かざしをしてお祈りさせてくださいと言われて、支部まで行くことになり、ある宗教団体に入信したことがあった。

 

支部に参拝にいくと浄霊をしてもうら。玉串といってお金を払う。お金を払うのはけがれを払うことだと教えられた。教祖の教え(御教え)をなんどもなんども繰り返し復唱させられる。

 

信者には年配者はもちろんのこと、専門学生、大学生、浪人生など若い人も多かった。みな死んでしまって今はいない教祖様は唯一絶対の神様が人間に乗り移った神人合一の人だという教えを本気で信じていた。

 

支部の近くにアパートを借りて、アルバイトをしながら熱心に活動している信者もいた。風呂なし4畳半に住んでいた。

 

私がいたのは何年か何ヵ月かまったく覚えていないが、親にも誰にも言わず滋賀県にある本部に信者の人らとバスでなんどか行ったことは覚えている。どでかくて変わった建物があった。

 

この宗教は入信するとお光といってお守りのようなものを渡されて首にかける。風呂に入るとき以外は外さない。それによって自分自身が人を治療をしたり奇跡をおこせるようになるということだった。

 

上の人からうるさく参拝するよう言われたり、しつこく合宿に行くのを強制されたり、なんだかんだで金ばかりかかるのと、家族に内緒で入信したのに家までこられたり、奇跡がおきるとか信じられなくなり嫌気がさして辞めた。

 

お光は部屋に吊るしていたらなくなっていた。たぶん親が見つけて処分してしまったのだと思う。それからはもう一切連絡をとらなくなった。実家にきても居留守をつかい、なんとか一切の関わりを断つことができた。

 

教祖様亡き後、奥様が会長となりまるで神様のごとく敬われていたが、あの頃の人達は今頃どうしているのだろうか。団体はまだあるから支部長などの役職についてまだ続けているのかそれとも辞めていないのか。

 

私はあの頃なぜ入信してしまったのか?自分の中ではただの黒歴史でしかないと思っている。もともと家は日蓮宗の熱心な家庭だった。高校生ぐらいのとき反抗期の兄が父に宗教をやらないと答えた。

 

思春期で私も熱心にそんなことをするのは恥ずかしいと思った。私も反抗した。親はきちんと宗派の教えまで教えてくれず、ただ強要されてきたと思っていた。中学ぐらいからは嫌嫌したがっていた。

 

私は高校生になり部活もせず、周りはなにもない田舎で自分の世界に閉じこもっていた。その頃、友達と遊んだりしなくていつも1人でいた。

 

そんなときに声をかけられた。もともと根が優しくて真面目な性格でそんな奴が一番、宗教とかに引っかかりやすい。神様の存在がわかる、奇跡がみられると真顔でいう言葉を信じて、それならみてみよう感じてみようと単純に思った。

 

浅はかだった。入信するにはお金がいる。学生ローンというのを紹介されて高田馬場で借りてお金を借りてまでして入信した。友達もいないただ一人。

 

疑うこと判断力や自制心がない奴はだれか周囲にそれをしっかり断れたり矛盾をいえたりできる人と一緒にいたほうがよい。

 

やっぱり自分ひとり孤独になることだけはしてはならない。真面目な両親の元に育てられたのに、今こんな風にまるで笑ったりできず、人と関わりをもてなくなってしまったのは、自分のことばかり考えて

 

自分を見失い、しっかりしてこなかったからだと思う。子供やだれか大切な人が事故にあったり死んだりして取りみだすとか錯乱状態になることはあるが、そうしたことではない。

 

ただあまりにひとりでいて、怒れない、判断できない、意見が言えない、つまらないだけのただの頭の悪い孤独な貧乏人になっていた。

 

信仰宗教に入信したのが父親にばれたらやばい。そう思ってコソコソコソコソしてばかりいたんだあの頃。やっぱり過去があって今がある。今の自分がこうなっているのは過去の積み重ねでしかない。

 

今の自分は現実を受け止められず逃避して部屋をウロウロするか、だれとも話すこともなく、ネットの生配信をみて寂しさをまぎらわすかしかない悲惨な日々を送っている。

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