yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

気分循環性障害、人の名前が覚えられない、会話が不自由、つまらない、笑えない。感情が死んでしまった。思ったことを綴っているだけ

タバコを吸いすぎて胸が苦しい。昼間に大きな公園までひたすら歩いた


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昨日は近くのスーパーでクレープを買って家に持って帰ってから食べた。クレープを食べたのは久しぶり。いい歳こいたオッサンが買うのもその場で食べるのもはたから見たら恥ずかしいのだろう

 

家に持って帰ってから食べた。紙が大きくて食べずらい。甘いものが好きだからカスタード&ホイップクリームを食べたが、あまりおいしいとは思えない。

 

晩飯はこれまた久しぶりに玄米を炊いた。昨日の晩飯は玄米と韓国のり。韓国のりは醤油をつけなくても塩けがあるからそのままごはんを食べられる。

 

スーパーにいって色々みても特に食べたいものもない。普段もあれが食べたいなと思うこともなくなった。だから毎日玄米と韓国のりだけ食べていれば食費もかからないですむなと思う。

 

しかし私はなんてクソみたいな生き方をしてきてしまったのだろう。これは愚痴ではなくて現実だ。

 

この歳までお歳暮を贈ったことも送られたこともない。お花見に呼ばれることもない。

 

いつも挙動不審でまともなことすらできない。嘘かほんとか、今やるべきことか判断がつかない。思考が働かず理詰めでいわれても返しようもない。

 

重要なことは何も伝えてもらえず、いつでも蚊帳の外。気違いだから仕方ないのか。というよりも無気力なのだ。なにかをしても中途半端になりひとつのことをするのにも異常に時間がかかってしまう。

 

今日も起きたのは10時すぎ。枕カバーとシーツにコロコロをかけてマットレスをたたんむとすぐに一本タバコを吸う。

 

まるで孤島にいるように、完全に完全に孤立してしまった。社会から完全に逸脱してしまった。それはずっと前からそうだった。

 

天気がいい。久しぶりに歩いてみようか。上と下の違うジャージを着てかなり離れた大きな公園まであるいた。だだっぴろい広場で幼児を連れた母親がいる。紙飛行機を飛ばしている年配者がたくさんいた。

 

紙飛行機があんなに飛ぶものだったとは。年金暮らしの老人たちの紙飛行機同好会なのかもしれない。

 

精神障害者らしき人たちが団体で歩いていた。彼らも一般社会ではやっていけない人達なのだろう。私はそういう人たちとは全く別の世界にいると思っていた。だけど今は一緒にいても違和感がないだろう。

 

遅めの朝食でもとるかと思い、帰りにミニストップによった。中華マンが期間限定で100円、コーヒーとセットで買うとスイーツが20円引き。こんな宣伝をみると私はすぐに釣られてしまう。

 

ホットコーヒーと今だけ100円の肉まんと、20円引きのしっとりバウムクーヘンを買ってコンビニの中のイスに座って肉まんを食べる。じっとしてられずにすぐに店をでて珈琲を飲みながら家を目指してまた歩いた。

 

ミニストップに寄って、来た道ではない道をとおって帰ったら、どこを歩いているのか分からなくなった。だいたいこっちだろうと思っていた方角が間違えていたようだ。

 

本当に方向感覚がとぼしい。どこかにいってもたいがい迷子になってしまう。

 

まったく普通に生きていくのさえ困難な奴になってしまったようだ。

 

ずっとコソコソやってきてしまったいつも浮かない顔をしていて挙動不審。なにもこうなりたくてなったわけではない。

 

しかしながらなんという孤独感なのだろう。

 

タバコを吸うと胸が苦しい。気持ちも悪くなる。老化も進んでしまう。それでも吸ってしまうのは不安感からくるものだ

 

人を尊敬したりされたり、感謝したりされたり、怒ったり怒られたり笑ったり笑われたり、笑わせたり、人間だれかといればこう言うやり取りは普通なのでしょう。

 

喜怒哀楽を示せなくなったら人は死んだもどうぜんだ。

 

結局、自分がやってきたことが今の自分を作っている。なにもがんばってはこなかった。だれも大切にしてこなかった。自分の世界に入ってしまって、気づけば私は魔界に入ってしまったようだ。

 

反省しても仕方がないけど、恐らく私は天国には行けないだろう。

 

変化は留まることを知らない。時間は無情に過ぎていく、世の中はどんどん変わっていく。私はどんどん取り残される。何もしなければただ置き去りにされるだけだ。

 

自尊心も無くし、笑うことも怒ることも出来なくなった私はこの先どうしていけばよいのだろう。

 

テレビをつけてもインターネットで生放送をしている人をみてもそこに自分はいない。自分はなにもせずただその人をみてその存在をしっているけど、あたりまえだが向こうは私を認知していない。

 

知られたら困る。私は何もできないただ恥ずかしいだけの存在なのだから。

 

押し入れに閉じこもるように部屋の電気をつけずお腹が空いた時に空腹を満たすだけの食べ物をたべて生きたとしてもお金はかかる。そんなことをすれば人から忘れられた存在になるだけだ。

 

前科があるわけでもなく、なにか犯罪を犯したこともないけど、こんな変な奴にになってしまって申し訳ないという思いはある。

 

ああ今日も一日が終わる。これを繰り返していつか父か母のどちらかが死に何年後かにはまたどちらかが死ぬ。そうなったら本当にまともに相手をしてくれる人がいなくなってしまうかもしれない。

 

そんなことを日々心配しながら生きているのは幸せとはいえない。

 

自分自身でそうしたんだから他人はどう手を差し伸べ用もない。自分でそうして苦しんでるんだからバカなんじゃないの?

 

ああもう取りとめもないことを書いている。

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