yd’s blog

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自分を見失いどこかに置き忘れてしまったいつも孤独な男の blog

気分循環型障害、発達障害、友達いない、フラフラが止まらず挙動不審な40代のボッチが思ったことを書いてます。

手にした珈琲がストンと落ちた。スタバで孤立を実感した


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今週末も実家にかえった。母はその後も気持ちが悪くて吐いたそうだが、病院にいき、体調は回復しつつあるみたいなので少し安心した。

 

ところで私は毎朝、職場の近くのコンビニでホットコーヒーを買ってから、出勤するのが日課となっている。

 

つい先日のこと

 

エレベーターを待っているときに、手に持っていたコーヒーを落としてしまった。フタが外れてコーヒーが床にこぼれ、自分のスーツとYシャツのソデにもかかった。

 

容器はそのままストンと落ちたので、コーヒーはまだ少し残っている。床を拭かないとと思ったけど、周りに人はおらず、遅刻するのでそのままエレベーターに乗った。

 

何食わぬ顔で自分の席についたのだが、間違いなく匂うだろうから周囲は迷惑だろう、すぐに流しにいってハンカチに水をつけてソデを叩いてズボンをふいた。

 

無意識に手からコップを落とした。私はモノを無くしたり、忘れたりが激しいだけでなく、体のコントロールが効かなかったりするのだが、今回は心ここに在らずだったのか、手の力が抜けてしまった。

 

仕事中は眠ってしまうことがよくある。特に昼飯を食べたあとにだいたい意識が落ちてしまう。そんな奴は1人もいない職場でありえない非常識なことだが、麻痺してしまっているようだ。

 

人の気持ちがわからずに、自分勝手に振り回して上っ面だけの反省ばかりしている。いい年して本当になんでこんな風になってしまったのか。

 

この国は頭のいい人が良い思いをする仕組みができあがっている社会で、知らずにいると損をしていることが多いらしい。とはいえ、ふつうは誰も教えてくれないので、自分で調べたりするほかない。

 

障害年金を受給することにした。年金事務所にいったところ、申請するには、最初にいった病院で医師に書類を書いてもらう必要があるといわれて電話で予約をした。

 

予約は平日の決められた時間で、面談料として1万数百円、書類代は別途かかるが、必ずしも書いてもらえるわけではないという。俺バカなことをしているなぁ。仕方ないけど了承して予約することにした。

 

当日、時間通りに病院にいった。単刀直入にどうしたいのかと医者から言われたので、障害年金を申請するための書類がほしいとオドオドしながら言った。しかし書いてもらうための肝心の書類を持っていかなかった。年金事務所でも説明を受けたはずなのに。

 

整理整頓、必要なものの準備、そういう身も周りのことが本当に抜けてしまう。しかし、これを誰かにいったところで聞いた相手は愚痴にしか聞こえず、まともに相手をしてくれない。もちろん医者だって同じだ。

 

ひとまず、書類は郵送して、日を改めて行くことになったので、その場ではお金はかからなかった。

 

一事が万事こんな調子で職場でも日常生活でも支障をきたしている。本当に何とかしないといけないと思う。

 

病院をでて15時近く、いきなり!ステーキに入ってランチメニューのハンバーグを頼んだ。ぜいたくしているけどいいや。そこら辺はあまり考えていない。

 

ハンバーグは中身が生だった。鉄板が冷めるまでに、どうやって焼いたらいいのかわからなかった。とりあえず少しそのままにしてから、ナイフで切って両面焼くことにした。

 

帰りに最寄り駅のスターバックスにいった。コーヒーを飲みながら、スマホせどりの情報収集を行おうと思い、チャットワークを見ていた。

 

隣には手編みのマフラーを黙々と編んでいる女性が座っている。

 

夫か子供へのクリスマスプレゼントかな。とても可愛い人だった。いつの間にかウトウトしていた。しばらくすると、隣に女子高生2人が座った。中学生からの同級生で久しぶりに会ったらしい。

 

高校は違う二人、おたがい偶然に買ったプレゼントを渡しあっていた。1人は商業科で就職がきまりアルバイトをしていて、1人は進学校で大学に合格して自動車教習所に通っているらしい。

 

塾の話しや彼氏のことや学校のクラスみんなの進路の話しなど、楽しそうにおしゃべりしていた。私は2人の会話が耳に入ってスマホを見ても頭に入ってこない。

 

高卒での就職先の会社えらびは学校にきた求人のなかから、成績の良い人から順番でとっていき会社訪問をする。ダメならまた学校で選んでとやるらしい。そういえばそうだったような気がする。

 

進学校の生徒は受験シーズンで将来のため、いまは必死で勉強している時期だというのを久しぶりに高校生の話を聞いて思い出した。

 

私は就職するでもなく大学はおろか専門学校へも行かなかった。どうしようかと散々迷っていた覚えはある。ただブラブラしていた。それからずっと孤独にいい加減でデタラメに生きてきてしまった。

 

両親と進路について真剣に話し合ったことはなかった。東京にあるヴォイストレーニングと格闘技の道場で習いごとをしたいと思っていた。東京にいくためのお金を稼ぐために何年もガードマンをやってしまったが後悔している。

 

平日の夕方、スターバックスにはノートパソコンで作業をしていたり、勉強をしている人が沢山いる。周囲のことなど気にもかけずに自分のすることに集中してもくもくとやっている。

 

私はいつも周囲の人や話が気になって、1つのことを集中して行うことができない。本を読むのも困難だ。気になるのは自分が普通と違うのを認識するからだ。

 

私はまともに話すらできない。どこにいて何をしていても誰といても、ただただ不安感に苛まされている。

 

高校生のころ、アルバイトしたお金で田舎から新宿まで1人で速読を習いにいったり、頭の良くなるという治療をしたり、スイミングをやり、ボクシングジムに行くなどひとりでコソコソコソコソしていた。

 

ビジョンフィットネスセンターとか、気功とか自己啓発とかいつも自分を変えたいと願って自分の世界に閉じこもりひとりで行動していた。気づけば楽しいこと、世の中で流行っていることからまるで外れていた。

 

自分がああいう風にはなってはいけないという人間になってしまった。言葉と感情をうしない、今はただただ苦しい。なにも話せずただ苦しい。変な奴、おかしな奴だから誰も近寄らず、孤独で取り返しのつかない闇の中にいるようだ。

 

人は孤独になってはいけない。自分の世界に入り過ぎて孤立だけはしてはいけない。元々メンタルが弱い人間が孤立するとあとは暗闇でしかない。悲しい奴でしかない。

 

4月生まれなのになぜ私は高校3年になってすぐに免許をとりにいかなかったのだろう。卒業したら車を買って彼女や友達、弟を乗せてあげればよかったのに。

 

ただの自己満で自分の世界に閉じこもり、ズレたことばかりしていた。とても狂っていた。同級生から人生を投げているとしか思えないと言われたが、時既におそし、周囲には誰もいなくなった。

 

ああ、もう40過ぎているというのが自分でも信じられない。私は人づきあいがまるで少なく、社会経験も乏しい、ただの怠け者のオッサンでしかない。このままあっという間に50になるのだろう。

 

実家に帰りたい。衝動的に母に電話をかける。今から帰ろうと思う。ひとまずアパートに帰るが、孤独と不安感で部屋の中をウロウロしている。

 

帰るといったけどやはり帰るのをやめたと父に電話をする。そして親を振り回すことになる。人が聞いたら愚痴にしか聞こえないことを1時間以上話している。

 

どうしたらいい?誰に相談したらいい?両親には心配かけたくないから、不安で仕方がないなどと電話をしたくはない。だが、友達もいない、相談できる人もおらず、どうしたらいいかなと?と親にすがってしまう。

 

父は辛抱強く聞いてくれる。だけど結局は本人以外は見守る事しかできない。どうにもならないと思う。だが、どうにもこうにもならないとしても死にたくはない。

 

街も温かい人も捨て、私は自分の狭い世界に閉じこもり、人生を滅茶苦茶にしてしまった。ズレがひどくて、やることなすことトンチンカン、コロコロ変わる。

 

まともなことすらできないこんな私はまず成功者になどなれないだろうとわかる。

 

誰かと話したいが、話せない。同級生ですら恐いと思う。愚痴を言ってはいけないが、愚痴しか言えない自分がいる。

 

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