yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

気分循環性障害、人の名前が覚えられない、会話が不自由、つまらない、笑えない。感情が死んでしまった。思ったことを綴っているだけ

実家の仏壇にお線香、お墓参りと神社参り、祭りを見て余りに大きなモノを失っていた


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お墓参りをしてきた。お墓があるのは生まれ故郷の房総半島。実家に戻って仏壇に線香をあげて、70も半ばになる父が運転する車で、母とともに帰った。

 

生まれ故郷であるところには、かつて叔母が住んでいた家がまだある。そこには私も幼い頃に住んでいた。

 

帰った日はちょうどお祭りが開かれていた。各地域の神社の山車や神輿が一同に会してひとつの神社にいっせいに集まる、年に一度の盛大な祭りだ。

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子供のころからずっと行われていたというのに、私は今回みたのが初めてだった。

 

古くからあるお祭りはたいがい、その土地の神社の神様を祭ったものだ。

 

代々受け継がれていて、中心になるのは大人になっても地元に残っている人や、地元を離れても祭りのときに戻ってくる地元とつながりのある連中だ。

 

皆、ハッピをきていた。山車には子供が乗っていた。地元の結束力は強い。みなそれぞれが顔見知りの知った顔。笑顔であいさつを交わしている。

 

中心になって盛り上げるのはきっと地元で顔がしられた人気者。イケイケな元ヤンキーか。そんな人に自然と人は集まる。みんな仲間同士、祭りを心から楽しんでいる。思い出を作っている。

 

老若男女、世間話、仲間同士、バカをやる。酒を飲み、声を出し、楽しんでいる。遠慮はいらない。みな夢中で神輿を担ぎ、山車を引っ張る。

 

どこの誰とも知らない私は、ただひとりで祭りを見ていた。

 

私も子供の頃から残っていればそこにいたかも知れない。神輿を担いでいたかもしれない。自分の子供が山車を引いたりしていたのかもしれない。

 

私はいつも1人でいた。気づいたら、避けられるようになっていた。東京にでて地元を捨てた。だけど結局、捨てられたのは自分だった。

 

生まれ故郷でも育った街でも私には会える奴がいない。地元にいっても誰かと会っても喜ばれることもない。

 

街も人も変わらない。変な風に変わってしまったのは自分自身だ。ほんとに私はまるで浦島太郎のようだ。

 

地元の連中には、地元にいるもの同士にしかわからない話がある。そこには入っていけない。思い出話は語れても、これまで生きてきた人間模様は、たとえ聞いても想像でわかろうとするしかない。

 

何をどう選択するかにより、人生の幸福度は大きく変わってしまう。

 

今回は、先日、霊的能力者という人に個人相談をして言われたとおり、実家の仏壇に線香をあげて、お墓参りと生まれた土地の神社にお参りをするのが目的だった。

 

だけど、祭りを見たことで、失ってしまったものがあまりにも大きくて取り返しがつかないものだったことに改めて気づかされてしまった。

 

失った時間や人とのつながり、自分を見失い無駄に過ごしてきた時間があまりに無意味でしかなかったことに絶望感を感じずにはいられなかった。

 

祭りの写真をとった。間違えて自撮りした。そこには目がうつろでキモイ変なおっさんが映っていた。

 

生まれ故郷にいる伯父さん叔母さんに両親と共に会った。豆から挽いた珈琲をごちそうしてくれた。90近い伯父さんは相変わらず元気でパイプ煙草をふかしていた。

 

両親と叔母さんは高齢になる姉の身の振り方について話をしている。適齢期を過ぎた私は、結婚について言われることもなく話を振られることもない。

 

私は自分のことも語れず、またほとんどだまったまま。伯父さんは退屈そうにティッシュを丸めてパイプ煙草の手入れをしはじめた。

 

ああ、しゃべれない。何かについて自分の意見をいうことがまるでできない。どこに誰といても、私はただの不気味な奴でしかない。

 

普通に幸せだったはずなのに、こんな風になってしまって申し訳ない。周りは何も変わらない。変な風になってしまったのはこの私自身だ。

 

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