yd’s blog

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自分を見失いどこかに置き忘れてしまったいつも孤独な男の blog

気分循環型障害、発達障害、友達いない、フラフラが止まらず挙動不審な40代のボッチが思ったことを書いてます。

仕事といえる仕事をしていないのに疲れて床で眠ってしまう


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息をひそめてジーっと静かに生きていられたらどんなにいいだろう。

 

仕事で電話をとった。社員に代わってもらおうとした。いつもみている覚えているはずの人の名前がすぐに出てこない。

 

仕事中、心ここに在らずになっている。私はあまりにも出来が悪すぎて、すぐに見限られてしまう。仕事を与えられなくなる。今日も電話をとる以外はほとんどやれることなく一日が過ぎた。

 

やる気はなくはない。でもとにかく無気力で意欲がわかない。行動でしめせない。人と同じように話せなくてこまる。

 

昼飯、誘われるので仕方なく、いつもの派遣社員どうしでいった。そしてその派遣社員から仕事をあてがわれるような始末。

 

定時がきてそそくさと帰宅した。いつもの店で晩飯をかった。仕事と言える仕事はしていないのだが、すごく疲れている。食べたらすぐに眠くなる。

 

 私は部屋がせまくてマットレスをひいて寝るのだが、ひく気になれない。人をダメにするソファで寝そべって床にそのまま寝てしまった。

深夜3時すぎに目が覚めていちど起きるが、無気力感と眠気で再び床でねむってしまった。

 

ラストチャンス、人生がかかっている、生きるか死ぬか、そんな状況になれば、そうと思えば必死になってなりふり構わず事にとりかかるのが人間だ。

 

だがしかし、私にはそれすらできず、自分に甘く背中を丸めて身を潜めている。

 

世の中、そんな人間がぬくぬく生きられるほど甘くはない。

 

喜怒哀楽を失ったら人間ではないのと同じだ。私は人間を失ってまともに人とやりとりができなくなってしまったようだ。頭が悪すぎていじめられっ子のようになってしまう。

 

創価学会で元ヤクザのクソ社長はそんな自分に暴行を働いた。何度も暴行を働いた。うったえれば確実に暴行罪で捕まっていたはずだ。

 

子供のころ、玄関の靴をそろえるよう育てられた。箸の持ち方だって食事のしかただって親にきとんとしつけられたというのに、なんでこんな無様な自分になってしまったのだろう。

 

Youtubeでみる精神科の先生は競争から降りたらいいという。自分はそんな競争できるレベルにすらいない。負け犬根性がビッちり染みついてしまった。

 

若さもない、まともじゃない、取りえが無い、やる気がない、意欲が無い、時間感覚が無い、無気力でダメ過ぎてやばい、だけど死にたくはない。

 

誰も知り合いがいない、誰にも見向きもされない東京で私はひとりなにをしているのだろう。そして今日もシャワーを浴びて見限られた職場にむかう。

 

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