yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

気分循環性障害、人の名前が覚えられない、会話が不自由、つまらない、笑えない。感情が死んでしまった。思ったことを綴っているだけ

みんなにでくのぼーと呼ばれ、褒められもせず、そういうものに私はなりたくない


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前の会社で精神的に追いつめられて辞めていった上司がいた。彼から辞めるときに、私のことが好きだと言われた。

 

その好きは純粋に人間的な好感ととらえ、ありがとうございますと答えた。しかしながら、彼はスポーツをしない優男で、妻も子供もいるが、ひょっとしたらホモッ気があったのかもしれない。

 

私もどちらかと言えば優男でいい歳して独身なので、もしかしたらソッチの人間だと思われたのかもしれない。

 

今の職場では、同じ派遣のおっさんが、昼の1時近くになるときまって今日どうする?と聞いてくる。どうするというのは一緒に飯を食いにいこうと誘っているのだが、毎度、答えるのが嫌になりつつある。

 

やつと飯にいっても、とくに話すことがなく、二人でスマホをいじって時間がきてもどるだけ。私は本でも読んでいた方が有意義だと思うので、正直いっしょに行きたくないのだが、やつは行きたいようだ。

 

私が色々話せて楽しい奴なら一緒に行くのもいいのだが、そうではないし、さえないオッサンが2人で毎日、仲良く飯にいくのがお約束のようにされるのはご免こうむりたい。

 

最近は毎日さそわれて毎日ことるのも何なので、今日どうする?と言われる前に先にひとりで行くようにしてたりする。

 

ところで、また新入社員が入社してくる。その準備で社員が席をつくっていた。机をかたずけ、きれいにして、配線を整えてパソコンを設置してと。そんなとき、私はどうしたらいいのかわからなくなってしまう。

 

どう動いてなにをすればいいのか分からないので、手伝おうとしても、ただ突っ立っていたりするだけになってしまう。まったく使えない奴でしかなくなる。

 

出来る人は状況を見て相手の望むとおりにテキパキ動いて段取りよくおえることができるが、私はそれがまったくもって出来ない。

 

その場の状況判断ができず何をしたら良いのか思いつかない、配線がどうなっていてどこに通せばいいのかとか、出来る人なら考えればわかるようなことが、私は全然分からないし動けない。

 

仕事とは誰かの役に立つことでその対価としてお金や感謝を受けとるわけだが、それができない自分は親父に言われたとおりやっぱり出来そこないだ。こんな自分に自分自身で困っている。

 

雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫なからだをもち

欲はなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さなワラぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行ってこわがらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はおろおろ歩き

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしはなりたい

宮沢賢治 雨にも負けず」

 

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに私はなりたくない。

でも、そうなっているから変わりたい。

 

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