yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

会話が不自由。ことばで話せないので、せめてブログにつづっています

無の世界、絶対ここからぬけだしてやる。


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自分の性格について悩んでいる、能力がおとっている、いつも不安感があることなどについて親や周りの人にいってみたところで

 

大丈夫、気にしすぎとか、だれだってそういうことはあるとか適当なことばで片付けられてしまう。こっちは苦しくて大丈夫ではないから訴えているのだが、なにもわかっちゃくれなかった。

 

これは世間的にはただの甘えでしかないのだろうか。

 

どうにかしたいから本を読んだり病院にいったりなんなりするわけなのだが、結局、親兄弟もふくめ他人にいっても無駄となる。

 

だがしかし、私はずっと自分を見失ったまま。そもそも、自分がなにをしたいのか、言いたいのかわからないのに、自分以外の他人がどうこうしてあげることはできない。

 

弟に子供がうまれたとき、あいつは俺に抱っこさせるのを拒否した。

 

クソ野郎。やつはガキの頃、目が悪くて分厚いメガネをかけていた。高校に入ってから背も私より伸びてコンタクトにした。ガラッと変わった。周囲からキムタクに似ている、カッコイイといわれ自分に相当自信をもったのだろう。

 

大学時代はかなり遊びまくっていた。テニスのナンパサークルに入り、サーフィンを始めた。親に車代をだしてもらい、家庭教師のバイトをしていた。酒も飲むようになり、まぁ私と違い、まともに成長した。

 

20代で結婚した。元タレントだかモデルをやっていた美人とハワイで挙式した。その後は起業して成功して都心の一等地の家賃ウン十万円の部屋にすみ、まるで芸能人のように毎年ハワイにいっている。私とは対照的な世間的にうらやむような人生を送っている。

 

私はといえば、プライドもなく、少年だったとき親や兄弟の冷たい言葉や扱いをうけたことがいまだにフラッシュバックされ、人を憎む心にしばられている。とらわれている。感謝や愛情といった感覚がない。

 

あれこれ言われるとすぐに人を嫌いになってしまう。ことばを失い、楽しいという感情をなくした。私は置き去りにされた存在だ。

 

私が入院したとき、母親はこの弟には伝えなかった。とうぜん見舞いにはこない。そのことについて弟は何で伝えなかったとも言わないし、母親自身もそれがおかしいという認識すらない。私を舐めくさっているのか、なんなのか。冷たい家族だ。

 

そんな母親だが、私のしらないところで共済保険に加入して毎月払ってくれていた。それは素直にありがたいと思った。だがしかし、自分で払うことにしたとき、死亡保険にも加入していた事を知った。

 

当然受取人は母親だが、もしかして私が自殺でもすると思っていたのだろうかという思いが拭えない。

 

私は自分を悲劇の主人公だと思っているわけではない。これは事実であり現実なのだ。

 

発達障害。これは一生つきあっていかなくてはいけない。つまり生きづらさと共に生きていく。それを受け入れたうえで楽しいという感情をとりもどしたい。だが本当に私は発達障害なのか。

 

脳みそと性格のひんまがりがカタマリきってしまう前に楽しい、嬉しい、大笑いするという人として大切な感情をとりもどしたい。

 

日本では40代が最も自殺する率が多いらしい。多分、肉体的、精神的な衰えを感じるのと責任が重くのしかかるプレッシャーでやられてしまうのではないだろうか。

 

うつとか貧乏とか孤独とかそんなことにはまるで無縁な人生をあゆみたい。

 

ってか住む場所、会う人、失った言葉、もんもんとした精神状態、いつもひとり、貧困、無感動、無関心、無気力、無の世界、絶対ここからぬけだしてやる。

 

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