yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

会話が不自由。ことばで話せないので、せめてブログにつづっています

4件目の心療内科 精神科に行った。


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また新たな心療内科 精神科に行った。一昨年から数えて4つ目の病院になる。

 

仕事でなんど注意されてもミスを繰り返した。商品の数を指をさして数えたのに、いくつか分からなくなったり、箱に正しく入れたか分からなくなり、閉じた箱を開いて確認して閉じてまたわからなくなり開いたり・・・何とかしたいけどどうにもならず、発達障害を疑い、一昨年から病院に行くようになった。

 

初めて行ったところは、脳波や知能の検査などをした。ADHDではなさそうだが、双曲性障害かもしれないがはっきりしないと言われた。そのときは薬は飲みたくなかったので、代わりにカウンセリングをすることになった。

 

予約は入れたが、そのころ別の病気で入院してしまい、キャンセルするのを忘れていた。次に行ったときに高額なキャンセル料を払わねばならないので、退院後は行くのをやめた。

 

次に2つ目の病院は、予約をしてから初診まで半年ぐらいかかった。お爺さんだけどADHDの書籍も出している専門の先生に診てもらった。チェック項目のチェックと私の話を聞いて、検査はせずにADHDとして診断された。処方されたADHDの薬を1年近く飲み続けたが、特に変化はなかった。飲む量を増やしても、薬を変えてみても変わらない。薬を処方されるだけ、薬が効かなきゃお手上げなので結局そこも行くのをやめた。

 

3つ目の病院は発達障害の専門の病院で、月に1度の受付日に予約が埋まってしまうところで、ここでは2つ目の病院に通院しながら、半年ほどかけて検査を行った。診断結果がでて薬を処方されるまで半年以上かかり、とりあえず薬を飲んでみましょうという感じだが、薬をもらって2回目の診察は三ヶ月先。その間、苦しくても我慢するしかない。

 

4つ目は週に2度しか診察していないのだが、キャンセルした人がいたので、当日でも診てもらえた。かなり待ったが、聴取する人から良いところにきましたね。この先生なら必ずよくしてくれますよと言われ、先生も絶対に元気になれるから大丈夫と言ってくれた。

 

ここの先生からは自分の今の状態を分かりやすく説明された。うつ病の人は話しかけても、答えるまでに何秒間か間があったり、まったく答えられないらしい。それに比べると私は明るくはないが、聞かれたことにすぐ答えられるので、うつ病ではないとのことだった。だが、振れ幅があるだけでその寸前にある状態とのことだった。

 

採血、採尿、身長体重測定はしたが、3件目のような検査はなくて、その日のうちに薬を処方された。

 

霊能者のお告げをきいたり、精神科の病院を4つも行ったり、その分お金も時間もかかるし、血迷ったことをしているなと思ってはいる。

 

だがしかし、そう思いながらもそういう風に自ら動いてしまうのだから仕方がない。というより訳が分からず苦しくて何とかしたいのだ。

 

職場で電話をとって社員にとりつぐのに、私はなぜかヘラヘラして笑いそうになってしまい、それを何とかこらえている。前の職場では、ずっとPCに向かって隣の上司ともメールでやりとりするような会話をほとんどしない状態で4年以上過ごした。

 

その前の仕事でも深夜の泊まりで働く仕事だったが、ほとんど会話をしなかった。そんな環境にいたことあり、話せる人もいなかったので、人から何かを聞きだしたり、伝えたり、会話することが超がつくほど苦手で、話しているとなぜかヘラヘラしてしまう。目がうつろなので相手は目をそむける。はたから見ても危ない奴だ。笑

 

人に何かを伝えるときは目、表情、言葉づかい、イントネーション、態度で示さないと伝わらないし、人も動いてくれない。それができないと誤解されてしまうことも多い。

 

わかっていながら、私は閉じこもってしまってそれができない。いい歳して情けないと思いながらできない。もう発達障害ということで皆さん大目に見てくださいと心の中で思っていたりする。

 

てめえらといたからこうなったんだ、と私が母親に電話で言ったとき、あんたの生き方がそうしたんだと言い返した。

 

私は一体なにをしたいのか、何を求めているのか。40過ぎているのに、蜃気楼のようなものを求めていたのか。もう分からなくなってしまった。

 

地元に戻っても会える友人など一人もいない。虚ろな目をしてずっと心は重いままだ。

 

人生やり直したいとずっと思ってきて、これから先もずっと後悔し続けて、寿命がきて一人孤独にやがて死ぬ。

 

先が見えているなら、もういいだろと思う。まだ20代だったなら他人もどうにか構ってもらえる。だが40過ぎた変わった奴ににまともに相手をしてくれる人はそうそういない。

 

4件目の先生は、必ず元気になれるからと言ってくれたが、元気になっても仕方がないように思う。

 

職場の40代後半の同僚は、私と同様独身だ。一人でガールズバーや熟女パブに行くらしい。

 

若い頃なら、あんな大人になりたくないと思うような人と、私は一緒の仕事をして一緒に飯を食っている。そんな人の方が今の私よりもまだまともに仕事をして、楽しんでいるみたいだ。

 

私は医療費にかなりのお金を使ってきた。男ばかりのむさ苦しい兄弟が邪魔だった。すぐにカッとなりデリカシーのない父親が嫌いだった。田舎者で頑固な母親も嫌いだった。自分の選択してきた事、全て、周りの環境、自分自身が嫌だった。

 

一人の部屋で頭を何度も叩いている。シケモクを吸っている。ごちゃごちゃ、だらしない、情けない、先がない、崖っぷちなのに、やらなけゃいけない事が出来ない。女性に声もかけられない。

 

もういい加減につかれてしまった。

 


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