高校卒業まじかか卒業後すぐぐらいのとき、無気力で寝込んでいる自分は、心配して何か聞きにきた親に対して、自分をダメにして復讐してるんだよと寝ながら言った。
その姿をみた弟は最悪、ああは絶対なりたくないと言われた。なぜそのようになってしまったのか分からない。言ってること分かる?と母親や友人が言っていた、弟はあやまればいいと思っていると言っていた。
高校卒業して何もせずぷらぷらしていた。何をしたらいいかも分からなかった。学校には行けなくなり行く場がなくなった。皆、東京や近隣の大学や専門学校に行くようになっていた。
私は街を浮浪者のように一人で歩いていた。同級生に見つけられて声をかけられたけど無視した。変な噂はすぐにたっただろう。その後は誰にも声がかからなくなった。
家が日蓮宗なのにも関わらずそれに興味を持たず、勧誘された他の真光系の宗教に内緒で入信してしまったり、ロックな音楽をやりたくて家をでたけど、親にも兄弟にも誰にも言うことはなかった。
初めて住んだのは都内で借りた四畳半一間のボロアパートだった。四畳半一間に住んだのは、熱心に宗教活動をしていた人の部屋にいったとき、四畳半一間でこれぐらいのスペースであれば大丈夫だと思ったからだ。
真面目にヴォイスとレーニングとアルバイトをしていた。レッスン料を払うために家賃は少しでも安い方がよかった。楽器も上手くなりたくてスクールのグループレッスンなどにも行ったけど上達しなかった。
歩くだけでギシギシいう床の音。下の部屋の丸坊主で無精ひげのいかつい野郎が、小さな音でもテレビや音楽をかけるとドンドン叩いて怒っていたり、何度もうるさいと文句を言いに来て怖かった。
アコギも買ったけど、そんな部屋ではまともな練習などできるはずもなかった。
いまだに楽器もろくに出来ないし曲も作れない。ただカラオケに行くと今まで聞いたなかで一番うまいとか、CD出したらここにいる皆かうよと言われて、歌は自分でもそこらのアイドルよりは旨いと思っていた。
楽器は上達しないので歌だけやろうと、バンドをやろうとスタジオにヴォーカル以外募集の張り紙をしたり、募集しているのに行ってみたりして組んでみたもののすぐに解散した。
新宿にあるライブハウスでアルバイトもして、様々なバンドやソロのアマチュアミュージシャンをみた。皆、情熱を持って演奏していた。
仕事は楽だったし、職場の人はみな良い人であのバイトが一番良かったように思う。
実家に帰った時、バンドでライブをした写真を母親に見せたことがあったが、渋い顔をされただけだった。
その後は親友だと思っていた友人の勧誘により創価学会に関わるようになり、いいように利用され流されていつの間にか音楽をするのは辞めてしまった。
今、住んでいるところでは時々プロのライブ演奏を目にすることがある。彼らをみると超引っ込み思案で恥ずかしい自分がよく人前に立とうなどと思ったものだと思う。
私は一体何をしていたのだろうか。
自分の世界に閉じこもり、周りが見えず、自分を見失っていた。
金を使っても何も身にならなかった。
いつも一人、ただ現実逃避していただけだった。
↓クリックされると励みになります。