yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

会話が不自由。ことばで話せないので、せめてブログにつづっています

GWに実家にかえった。そして一人だ。SPA!クソっ


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GW実家にかえって久しぶりに親兄弟に会った。兄弟は相変わらず仲のよい夫婦とかわいい子供、私は相変わらず一人・・・。

 

実家にあった自転車でサイクリングがてら大きな公園にいってみた。バーベキューをしたり仲間であつまってワイワイやったり、家族で楽しんでいたり、子供とたわむれていたり、カップルがバトミントンをしていたり・・・。

 

そんな風に過ごしている休日の一場面を自転車に乗って羨ましそうにジロジロみていた。なんで皆、友人や家族で集まって楽しでいるのに自分は一人なんだろう。

 

なにかおかしい。決定的ななにか。だけどそれに気づいたのは余りにも遅くて、もう取り返しがつかないほど時間はすすんでしまった。

 

人間、孤独ほど辛いものはない。自分が無気力になるのも話し相手もおらず、孤独だからで、幸せではないのは仲間がいないから。高校生ぐらいになれば、女友達を作り一緒に遊ぶようになったりする。だけど自分はそういうことがしてこれなくて気づけば自分の世界に入り込んでいた。

 

父親、母親、兄弟以外の、職場で仕事で話す人以外のおっちゃん、おばちゃん以外の話し相手がほしい。

 

多くの人は一般的に親に子供の顔を早く見せてあげたいと思い、結婚して子供を作って家族をつくる。子供が先の場合もあるけど、たいていはパートナーをみつけてその人と生活を共にしていくわけだ。

 

少しでも条件のよい仕事に就くためによい学校にはいる。条件のよい人と結婚をする。子供を育てる。自分で家族を作って行動をともにし、生活の色々なことを皆で選んで決めていく。

 

親から独立して結婚して子供を作り家族を作って育てていく。それが自然の営みなのだろう。友人もいて休みの日には一緒に食事をしたり、遊びにいったりして子供の成長を見守り、家族のためにと仕事もがんばる。

 

自分はそういったこととは大きくかけ離れてずれてしまった。どういうわけか、

いつも一人でいて他人にどう思われるとか全然考えていなかった。

 

気づけば友達もいなくて誰も寄ってこないし、何かを相談できる人もいない。同級生とか一切あっていない。何より自分を愛してくれる人がいないことが悲しい。正しいこと止めた方が良いこと、自分のために何かを言ってくれる人がいない。

 

自分が何かを言ってあげる人もいない。寂しいとき、辛いときにそばにいてあげられる人もいない。

 

実家にもどった日に、両親に先日の精神科での検査結果について、心配しているかもしれないから、検査結果を持ってきたから後で話すからと伝えたけど、結局それについては一切話すことはなかった。

 

向こうも聞いてこなかったし、伝えたところでどうしようもないことで、ただ心配させるだけ、それに本音で聞きたくないことだと思ったから。

 

今の人生はこれまでの人生の延長線でしかない。ちょっとした選択の間違えにより人生の幸不幸も大きく変わってしまったという気がしてならない。

 

私はあまりにズレが大きくて、誰かと何かについて話をして大笑いしたりといったことが一切できない。熊本の地震が大変だとかそういう誰でもできるような上っ面の話しだけ。

 

仲間、友人、恋人、妻子供、そういう人を見ると、自分の生き方が悪かったのだと思い、誰も愛してくれる人がいない自分を思うと今さらながら寂しくて恥ずかしくて悲しくて情けなくて悔しくて正直死にたい気分になり、「死にたい」と検索する。

 

私は自閉症、人を楽しくする会話などできない。私はたとえ使えきれない程お金が沢山あったとしても、幸せになれないだろうと考えている。

 

なんで大事なパートナーを探すということをしっかり考えて、出会いのある環境を選択してこなかったのだろう。

 

なんで死んだように幽霊のようになってすべていい加減にしてしまったのか。

 

週刊SPA!の表紙が目に痛い。ああ、それな。まさに自分の事じゃねーか。クソっ

 

神様…

 

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