yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

気分循環性障害、人の名前が覚えられない、会話が不自由、つまらない、笑えない。感情が死んでしまった。思ったことを綴っているだけ

無気力なのは、孤独で無感情だから


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自分が今の性格になったのは、高校生のときの影響がつよいと思う。

 

あの頃、ずっと一人でいた。部活をするでもなく、彼女を作るでもなく、友達と遊ぶでもなく、音楽ばかりを聞いていてその世界に入り込んでいた。

 

自分が今いる、派遣先の部署の社員は、課長が30代、ほとんど20代後半~30代とひかくてきに若い。

 

結婚している人も何名かいて、彼らはまいにち愛妻弁当を食べている。それ以外の人はだいたい昼飯を誰かと一緒に食べに行く。めしを誰かと食べるというのは当たり前に近い感覚なのだろう。

 

一人で食べにいく場合は、食べてすぐに戻ってくる。誰かと行くときは話しもするのだろう1時間の休憩時間をしっかりつかって帰ってくる。一人で店にいたりすることはあまりないのだろう。

 

自分の場合は、誰かに誘われることもないし、ほとんど一人で行って時間ぎりぎりに戻る。

 

誘われたくないオーラを出しているのか、そもそもこいつ誘ってもつまらーと思われているのか、それともそんな存在ですらないのか、まずだれかと食事にいく対象外の人間なのだと思う。

 

利己的、自己中心的、自分の中にこもって、そこにしがみ付いて離れない。それが私。

 

やっぱり人が寄ってくる人は明るい人、笑える人、会話が弾む人だ。

 

自分は人に好かれる人とは真逆の方に自分を作ってしまった。

 

本当は、色々なひとと話しがしたいし、周りの人のことを分かりたい。普通にフランクに笑ったり会話している中に自分も加わりたいのだ。

 

長い長いあいだ、弾かれてきた。人からも自分自身でも。だから人の中に入ってその話題に共感したり自分はこうだと話したりができない。ズレが大きすぎて話があわないし、自分が何かを話すと沈黙したり場がしらけてしまう。

 

そういう気まずくなる経験をなんどもしていて、どうせそうなると分かっているから、相手にもわるし、自分も嫌な気分になりたくない、ひとりでいる方が楽だとなってますます孤立してしまう。そういう風にしてきてしまった。

 

悲しいけれど仕方がない。自分の中にタブーというか絶対やらないこと、恥ずかしいことというのがたいがいの人にはあるものだ。

 

そのタガを自分は孤独だったがゆえに、誰も見ていないし、知らないだろうということで外してきてしまった。でもそういう自分がしてきたことって、顔や態度や表情に出るのかもしれない。

 

過去は取り戻せない。今の繰り返しが過去。当たり前だけどその繰り返しが今の自分を作ったことは間違えない。でも、なんでこんなに無気力なのだろうか。

 

きっとだれかといることで動けるはずの、人間として大切な感情が、余りに孤独で動かなくなってしまったからだろう。

 

意欲というのは、感情のなかから芽生えると思う。ああ、意欲がほしい。

 

神様に願い事をさきどりするといいらしい。神様、私に意欲をあたえてくれてありがとうございます。 

 

今日もとりとめも、まとまりもない文になってしまった。

 

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