yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

会話が不自由。ことばで話せないので、せめてブログにつづっています

死にたいけど、幸せになりたい


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幸せになりたい。

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でも、死にたい。

 

死にたいけど、本当は幸せになりたい。

 

生命保険に入って死んで保険金の受けとりを親にして死のうかと考えている。

 

だけど、死ぬ勇気などない。

 

夜中だけど若者が公園で花見をしている。

 

楽しんでいる。死にたいなどと、みじんも思っていないだろう。

 

成人式のとき、私はぷー太郎だったにも関わらずノコノコ出席した。

 

死ぬほど好きだった女の子も振袖姿できていたけど、目が悪くてコンタクトも眼鏡もしていなくて私は見えなかった。

話をすることも一切なかった。

 

成人式のあと、同窓会があり、みんな相当めちゃくちゃやったみたいだったけど、私は誰にも誘われることなく参加しなかった。

 

同級生からは完全に除外された存在になっていた。小中高と同窓会などにもこれまで一度も呼ばれたことはない。

 

私の知らないところで、きっと集まって誰それが結婚したとか子供が出来たとか、今どこにいて何をしているとか、誰それとくっついたとか離れたとか、誰の事が好きだったとか、その場でカップルになったとか色々あったりしたのだろう。

 

でも、そんな場面に私は一切よばれることも参加することもなかった。

私はずっとぼっちだった。どうでもいい存在でしかなかった。

 

若いとき遊びもせず必死で勉強して弁護士や医者になり今がんばっているというなら、それはそれで立派な人生だと思う。

 

でも私はそうではない。私の中には、嫉妬やくやしさ、挫折感や劣等感が渦巻いている。

 

今いる派遣先の会社で懇親会にさんかした。私は案の定、周囲の会話についていけず、ただうなずいたり、返事をしたり相づちを打ったり、あわせて笑ったりすることしかできなくてあとは黙っていた。

 

飲めないビールとサワ―を少し飲んだだけで、眠くなり少し眠ってしまいそれを指摘された。私はどこにいても心ここにあらずだ。

 

結婚していた男性社員のひとりは、奥さんがいなくなったら寂しくて話し相手がいなくなって死んじゃうと言っていた。

私はずっとひとりだ。話し相手がいなくて、ひとりごとのような会話しかできなくなった。

 

死ぬほど好きだったあの子の横顔をすぐそばで見たかった。ただその人だけに愛される自分であればそれでよかったはずなのに。

私の中での面影は高校生のあの頃のまま止まっている。

 

ああ、だがもう過去は過去でしかない。今では自分とはまったく関わりがない人でしかない。

 

幸せだろうが、不幸だろうが人間いつかは死んでしまう。

もうそんな過去は振り返らずに、前だけをみて生きていきたい。

 

孤独は不幸だ。人をうらやむのも、恨むのも不幸だ。

話せないのも不幸だ。自分を出せないのも、笑えないのも不幸だ。

お金がないのも、物覚えが悪くて、理解力がないのも不幸だ。

 

体が弱くて病気がちなのも、いつも言い返せずに黙ってしまうのも、

人から必要とされないのも、軽く見られるのも不幸だ。

 

不幸はいらない。幸せになりたい。

 

自分が死んだら両親しか泣いてくれる人がいないなんて寂しすぎる。

でも今の自分はそういう存在でしかない。

 

自分が心から幸せだと思えるようになって、人を幸せにしてあげられるような人間になりたい。

 

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