yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

気分循環性障害、人の名前が覚えられない、会話が不自由、つまらない、笑えない。感情が死んでしまった。思ったことを綴っているだけ

俺はずっと前からすでに廃人だった


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俺の顔はゆがんでいる。

 

一人で部屋にいても体が震えている。

無気力でやる気がわかなくなる。

 

俺は自分を殺し、駄目にすることで親に復讐しようと思った。

ずっと忘れていたけど、俺はとっくに廃人になっていたのだ。

 

なにをそんなに、おどおどしているのか?

なんでいつも緊張していて、おびえているのか?

 

どうして作り笑いしかできず、話し相手もおらず孤独で、

仕事もできず、とことん使えない人間にしてしまったのか。

 

言葉はつまって出てこない、俺はだんまりしている。

人に何か言われてもなんも言い返せない。

 

俺の心をこれだけ苦しめ、ダメにした張本人は、

俺を育てた親であり、許せないという思いが沸いてきて

憎しみでいっぱいになる。

 

いつもすぐにカッとなり大声で怒鳴りちらしていた親父、

威圧的で殴ることもあった親父、もう年老いてずいぶん

変わっちまった。

 

亭主関白だったはずなのに、お袋の言いなりになり

今ではただの人のいい優しい爺さんになってしまった。

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20代の前半のころ、小、中と一緒だった同級生の下宿先へ

俺はよく行っていた。俺はそいつ以外他に頻繁に会うような友人は

一人もいなかった。そいつは俺を分かってくれる奴だと思っていた。

 

ミュージシャンになりたがっていたそいつは親が創価学会員で、

自分も学会活動をはじめたといい、俺に学会員を紹介した。

 

紹介された学会員の幹部の男は何度も俺のところに来るようになり、

ついに俺は創価学会に入信してしまった。その流れで社長が用意した社宅に住み込み、その会社で働くことになった。

 

時給900円で深夜まで働かされるのが毎日つづくような、

とんでもないブラックな会社だった。社宅に家賃や読みもしない

聖教新聞代を給料から天引きされるともうほとんど残らなかった。

 

俺を社宅に住まわせたのは、学会活動をさせて立ちなおらせる

という名目と、辞めさせない、逃がさないためだった。

そこで5年近く俺はボロボロになるまで働かされた。

 

友人だと思っていた同級生は、俺の一方的な思い込みでしかなくて、

そいつから俺ははっきり友達としては付き合えないと言われた。

俺はとっくに友達としては見られていなかった。

 

俺はその同級生と学会幹部にはめられた。人生において若くて

楽しむべき大事な時期を、ただ奴隷のように従うだけの暗くて

何も残らない無駄な時間として過ごしてしまった。

 

俺は会社を辞める決心をして社宅を抜け出し、ご本尊と呼ばれる

掛け軸を学会本部へ退会希望の手紙といっしょに送りつけた。

 

それ以来、その同級生や学会員、社長などそのまわりにいた

人間とは一切、関わりを断った。

 

俺の家は爺さんから創価学会ではない日蓮宗でありながら、

俺がなぜ創価学会などに入ってしまったのか、その同級生を信頼

していた、会わされた幹部の口車に乗ってしまった。

 

それも事実だと思うが、それよりも、もっと根本的なところで

俺が創価学会に入信することで、親父に復讐しようとしたかった

のだと思う。

 

毎日お経をあげるほど熱心な信者であり、守ってきた日蓮宗

それと異なる宗派、親にとっては絶対にタブーである創価学会

入信するという行為をすることで、親に復讐したつもりに

なっていた、というのが本当の理由だったのだと思う。

 

なぜ、こんな人生を送っているのか?なぜここまで自分を

卑下していまだに親を憎む感情が沸いてくるのか、

発達障害を疑い、精神科に通い薬を飲みなんとかしたいけど

なんともならない苦しみと心の苦しさを抱えているのか?

 

友人はおらず、自分の世界に閉じ込み、本を読んだ知識だけで

にわかに分かったつもりになり、本に書いてある通りのマニュアル

でしか動けない自分。

 

きっと俺はもっともっとずっと前からすでに廃人になっていた。

それなのにずっと放置されたまま生きてきた。

 

そんな風に今おもっている。

 


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