yd’s blog

ヤバイヤバイ、常にヤバい。頭が悪すぎて、まともな思考が働かない。

気分循環性障害、人の名前が覚えられない、会話が不自由、つまらない、笑えない。感情が死んでしまった。思ったことを綴っているだけ

ゆず、ライブハウス、ヴォイトレ


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昨夜、たまたまテレビをつけたらNHKのSONGSという番組でゆずがでていた。

 

普段自分は、ゆずを聞かないのだが、途中から最後まで見てしまった。横浜で路上ライブから、今では日本を代表する男性デュオになったゆず。北川悠仁はナイスガイだ。きっと女にも相当モテて仕方がない人生を送ってきたのだろう。

 

実は自分もアコースティックギターを持っていて、若かりし頃、横浜公園横浜駅で歌を歌ったこともあった。20代の頃、東京に来た。ブレスヴォイストレーニング研究所に入り、バイトしながら2年間トレーニングをした。

 

当時、私が好きだったのはBOOWY尾崎豊、ブライアンアダムスなどのロックだった。ロックのボーカリストになりたくて福島英のヴォーカルトレーニングの本を買い、それから、直接教わりたいと思って、資料を請求して東京にでて代々木にあるレッスン場にテレアポなどのアルバイトをしながら通い、毎日のように発声練習をしていた。

 

新宿にあるヘッドパワーというライブハウスでアルバイトをした。そこに出演している人たちは様々なキャラの人がいて、安い時給にも関わらず色々楽しめた。そこで働いている人もサラリーマンっぽい人はいなくて、どちらかというと反社会的なヒッピー的な感じの人だった。

 

ところで、ブレスヴォイストレーング研究所(以下BV研究所)では、グループレッスンで学んでいたのだが、2年間通うという縛りでアルバイト生活の身にとっては結構高い授業料だった。当時私は22歳ぐらいだったのだが、そこで学んでいる人たちは、プロを目指す人もいればそうではない人、ロックではなく、邦楽のプロで学びに来ている人など老若男女様々な人がいた。

 

BV研究所ではずっと音楽がかかっていたのだが、かかっている曲は主にカンツォーネシャンソン、ジャズで、ロックの曲がかかっていることはなかった。パバロッティ、エディットピアフ、ミルバ、エラフィッツジュラルド、グラシェラスサーナ、サラヴォーン、尾崎紀世彦、布施彰などのアーティストを知ったのは、BVで学んだからだ。

 

その頃はバンドブーム全盛の頃で、原宿の歩行者天国などで盛んに演奏されていた。自分もそういうボウイやブルーハーツといったロックをやりたくて、ロックのヴォイストレーニングを受けたつもりだったのだが、BV研究所ではロックよりもむしろカンツォーネやオペラ的な発声を身につけていった。

 

BV研究所では体を使って息を吐き胸に響かせることを意識して、息を声に変えて発声するよう指導された。そのときのレッスンで出された課題曲のワンフレーズを聞いて、そのワンフレーズ一人一人歌っていくのだが、皆が終わった後の福島英さんの駄目だしで結構へこんだりした。

 

ブレスヴォイストレーニング研究所では軽井沢での合宿もあり、それにも参加した。劇団の練習のようなことをしたのだが、自分の出すというアーティストとしての根本的なところを学んだような良い経験となった。

 

あの頃、自分は給料が良くて安定した良い会社に就職しなければなどという意識は一切持っていなかった。ただ就職したら時間もなくなり、音楽などのやりたいことができなくなるからとの考えで選択の一つにもはいっていなかった。

 

今、考えれば、正社員で働きながらスーツを着ながらレッスンに来ていた人もいたし、ライブをしていた人もいた。だから選択肢の一つにいれても良かったのかもしれない。けど、やはりその頃は就職することは夢を捨てることで、つまらなくて苦しい生活をすることになると思っていたから自分には無理だったと思う。

 

カラオケにも行きまくっていたし、あの頃は歌がうまくなることしか考えていなかった。金が無くてサラ金で金をかりたし、親にも散々心配かけたし、今となっては浅はかで周りが見えていない日々を送っていたのだなぁと思っている。